祭神:髪長姫命(かみながひめのみこと)
鎮座地:日南市大字益安三三三一番地
例祭日:十一月八日
社殿:本殿(流造)
拝殿(権現造)九坪
境内坪数:七四七坪
創立年月日:不詳
由緒沿革
神社明細帳に、由緒詳ならすといえども、
和銅年中創建の神社なりとして、祭神があげ
られている。『日向地名録』によると、益安
村の中央の山麓にあり、本村南隅の田の中に
あった旧称髪長、伊勢大神宮、高佐山(現在
高砂城山と表記)の西北、字銀杏の旧称大将
軍の二社を明治五年ともに遷座して合祀し、
いまの名に改めたという。また同書は、『飫
肥伝説録』から引用し、天文年間、伊東義
拓が、島津兵と戦った高佐城砦址は、益安村
に○立した山の上に陣どった所で、景行天
皇熊襲征伐のときご駐○の蹟と伝う、と述べ
ている。それによると、「下の方に髪長姫の
○あり、姫は益安に生れ、天皇に奉仕した
り。それに続いて伊勢神宮あり、ご駐○中の
遥拝所なりLとぞ云々」。『日本書紀』には、
応神天皇がめされた諸県君牛諸井の娘に類
似の名もあるが、景行天皇には、次妃日向髪
長大田根(ながおおたね)との間に日向襲津彦皇子(ひむかのそつびこのみこ)がある。
天皇の十二年十l一月熊襲征伐のための日向国に
行宮、高屋宮をたてられ六年間おられた。隣
り地区の神田に、襲津彦皇子を祭った皇子権
現があり、この地区の伝説とつながってい
る。
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