祭神:
神天照皇大神(あまてらすおおみかみ)
天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)
天津彦火火に々杵尊(あまつひこほほのにこぎのみこと)
彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)
鵜が草茸不合尊(うがやふきあえずのみこと)
神倭磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)
たく幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
豊玉姫命(とよたまひめのみこと)
玉依姫命(たまよりひめのみこと)
吾平津姫命(あびらつひめのみこと)
配祀
鵜が草茸不合尊(うがやふきあえすのみこと)
伊ざ諾命(いざなきみこと)
伊ざなみの命(いざなみのみこと)
彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)
底筒男命(そこつつおのみこと)
中筒男命(なかつつおのみこと)
表筒男命(うわつつおのみこと)
鎮座地:南那珂郡南郷町大字中村字穴ノ前甲四八一一番地
例祭日:十一月二十八日
社殿:本殿(入母屋造)一〇・五坪
拝殿(入母屋造)一六・五坪
境内坪数:二、五五六坪
創立年月日:和銅元年(七〇八)戊申
由緒沿革:
島津氏、伊東氏が、永年にわたって戦い、城
には伊東祐兵より祐○にいたる墓が残ってい
る南郷城址の西麓にあり、旧称を八社大明神
といい、南郷八つの宮の総社として、島津氏
が飫肥を領した時代から、士民崇敬の名社だ
った。元文二年(一七三七)飲肥藩主伊東祐
永(二十四代)が再興、社領六石四斗、例祭
日には流鏑馬二頭を走らせ賑わったという。
明治五年、村内の行騰大権現、潮屋権現、輿
ノ御前の三柱の神を遷座し、ここに合祀し、
今の名に改められた。同四年郷社、五年村社
となり、明治四十年二月、神○幣○料供進指
定神社となる。明治四十五年六月、地区内の
字文政甲の鵜奈手森神社(祭神、○○草茸不
合尊)、字迫田の船岡神社(祭神、住吉三神)
を合祀した。
境内末社二社
三嶋神社祭神 山祇神、稲荷神社 祭神
御年神、倉稲魂いのち
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