祭神:倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
鎮座地:南那珂郡南郷町大字榎原甲一一二七番地の二
例祭日:十一月八日
社殿:本殿(切破風造)六・五坪
境内坪数:三四坪
創立年月日:不詳
由緒沿革
当社の縁起ははっきりしないが、祀や社殿後背の桜の老木などから、かなり古い社であることがうかがえる。棟札によると、明治三十五年に鳥居が、同三十六年に拝殿が稲荷講中と榎原神社の兼務社司によって再興され、例祭には神楽も奉納されていたという。現在の社殿は、昭和三十一年に建設された。
日南市飫肥駅を背にして左へ300mm先に入り |
祐遍堂記 僧祐遍は美男僧であった。 言寄る女性が多かったので修徳の妨げあると顔に熱湯を浴びせ赤面となった。 故に赤面法印とも言ふ。 京都智積院に修行春日山願成就当山第五世佳持となる。 眞言密教に通じ法力秀で多くの逸話を残す高徳の僧である。 寛永四年八月三日新町河原より 筏入滅をなす。 遺偈に曰く「我に念ずつ者の一願を叶へて進でよう。」その際、白煙の立ち昇った所を墓処とするよう遺言があったので、すなわちこの所に建墓した。 祐遍法印墓を祀るため昭和四十五年第二十九世伊勢木俊秀和尚により建立された鞘堂が僧祐遍である。 |
最初の1段目の階段の上は日南 線がある。階段は900段である。 |
踏み切りを超えると本殿への階段へとまっしぐら。 |
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中段の先あたりの雰囲気である。階段の中間の両サイドは杉の木などがなく、当時はどんな、風景だったのだろうか、興味を抱く。 |
上から見下ろした階段の風景 |
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本殿のすぐしたにある祖霊殿 |
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ようやく本殿の到着 |
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本殿の右側 |
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本殿から見下ろした飫肥に風景である。中央右あたりが飫肥城である。 |