祭神:
句句廼馳神(くくのちのかみ)
か遇突智神(かぐつちのかみ)
埴山姫神(はにやまひめのかみ)
岡象女神(みずはのめのかみ)
金山彦神(かなやまひこのかみ)
塩土姥翁(しおつちのおきな)
鎮座地:南那珂郡南郷町大字中村字小島八八七番地の乙
例祭日:十一月二十一日
社殿:本殿(流造)四坪
拝殿(入母屋造)一二・五坪
境内坪数:七九坪
創立年月日:不詳
由緒沿革
社伝によると、飫肥藩主伊東祐久が慶安三
年(一六五〇)外ノ浦の埋立て工事を進めた
際、堤防の人柱に選ばれたシヲという女性の
霊を祭った潮屋権現を改称して伍社神社とな
った。『県史蹟調査第六輯』によると、伊東
祐兵が飫肥に封ぜられた当初は、二万八千石
を、次々に検地して五万七千余石となったた
めに、領土をふやす新田開拓として祐久のと
き姥防工事が決行されたもので、このときの
埋立工事は、『日向地誌』によると、地元の
松田理右衛門の建議で、脇元村界の尾崎から
潮屋権現の森まで長さ三町五十九間、また潮
屋権現から天ノ越の岡麓まで長さ一町五十四
間、堤防をきずいた。この建議者の名により
松田堤の名が付けられたという。堤防建設の
途次、風波のため、しばしば破壊されたので、
人柱選びとなったもので、そのシヲという女
性の霊を慰めるため潮屋権現として祀ったと
いう。しかしそのシヲなる女性の身元も、伍
社の祭神である、木、火、土、水、金属の五
神に、海幸彦、山幸彦の神話とも蘭わりがあ
る塩椎神(塩土姥翁の別名で、塩の神様)が、
どうして祀られたかも、明らかでない。
また、『日向地誌』は、明治五年潮屋権現
ほか二社が、中村神社に合祀されたと記録し
ているが、再遷座のことも、はっきりしない
ままである。境内にシヲさんの墓碑が残って
おり、社殿は昭和十二年に改築された。 |