祭神:
大山○命(おおやまつみのみこと)
天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)
磐土命(いわつちのみこと)
大直日命(おおなおぴのみこと)
底土命(そこつちのみこと)
大綾津日命(おおあやつひのみこと)
赤土命(あかつちのみこと)
中筒男命(なかつつのおのみこと)
鎮座地:日南市大字塚田字東二七三七番地
例祭日:十一月十五日
社殿:
本殿(流造) 九坪
拝殿(入母屋造)一二坪
境内坪数:二、六二五坪
創立年月日:不詳
由緒沿革:
勧請の年月は明らかではないが、所蔵の棟
札に天正十一年(一五八三)大壇藤原忠広
……大蘇主鎌田丹後守、云々とあり、妖肥城
主島津忠広が、伊東義祐(三位入道)と戦い
を繰り返していたころ、島津の支将が再興し
たものとみられる。また旧称を早馬大明神と
いい、地区古老の話によると、当社境内を万
山の嶺と称していた。島津の支将、樺山安芸
守が榎原村字大窪の男鈴山(標高七百八十三
b)に鎮座する鈴嶽神社に参籠祈願し、名馬
「早馬」に乗って塚田村に至る途中病死した
ので、塚田神社境外に葬った。この故事にも
とずき、ここを早馬崎といい、お宮も早馬大
明神と称していた。島津氏が支配していた時
代は、樺山安芸守の木像を本殿に安置し、太
刀を奉納するなど、神社の造営、維持に当り、
伊東氏になってからも神領として田五反五畝
余を寄進して来た。明治四年塚田神社と名を
改め、塚田百六十戸の総氏神として崇敬され
ている。 |