祭神:
か遇突智命(かぐつちのみこと)
伊ざなきの尊(いざなきのみこと)
伊ざなみの尊(いざなみのみこと)
建御名方命(たけみなかたのみこと)
倉稲魂命(うかのみたものみこと)
鎮座地:日南市大字楠原三七〇〇番地
例祭日:十一月二十四日
社殿:
本殿(神明造)一七坪
拝殿(切妻造)一八坪
境内坪数:六四三坪
創立年月日:天正十七年(一五八九)
由緒沿革
伊○諾、伊○○尊の御子、○遇突智命は、
またの名を火之夜芸速男神(ひのやぎはやおのかみ)ともいい、夜芸は
焼、迦遇は光り輝く意味で、この火の神を主
祭神とする。『日向地誌』によると、飫肥初代
藩主伊東祐兵が天正十七年(一五八九)己丑
十一月十四日に創建したもので、飫肥城址の
真向いに当る愛宕山の現在鎮座地より、さら
に山上にあったが、天保十四年(一八四三)
○卯閏九月二十四日、藩主伊東祐相が遷座、
社禄十二石を寄付したという。主祭三神のほ
かは、境内末社を配祀した。神社明細帳によ
ると、境内に祖霊社があったが、明治四十二
年七月、廃社となる。
旧飫肥町の楠原の鎮守神として、子供が生
まれると初詣するのを常とし、藩政時代から
火祈念として講でお参りし、いまでも代表が、
一年の火除けを願う講組織もまだ近郊農村に
残っている。広渡川支流の酒谷川をへだてて
前鶴地区があり、遥拝所があったが、昭和五
十九年前鶴橋が完成、参詣に便利になった。
|