| 世界の恐竜発見史 | 中国の恐竜発見史 | 恐竜の先祖 | 恐竜の起源 | 北米の恐竜時代 | | |||||||||||||||||||
| 恐竜の起源 | |||||||||||||||||||
| 1970年代末または80年代前半
まで、一般に恐竜は単該続の動物ではないと考えられていました。つまり、恐竜というのは、類縁関係ない「竜盤目」および「鳥盤目」と呼ばれる2系統の爬虫類の総称であり、便宜的にまとめられた仲間にすぎないと思われていたのです。 解剖学的にみて、「竜盤目」と 「鳥盤目」の唯一の共通点は、直立歩行するということです。この場合の直立歩行とは、ニワトリやウマのように、足を体の下にまっすぐ伸ばして歩くという意味です。恐竜は爬虫類でありながら、現生の爬虫類であるワニやトカゲのように四肢を左右に張る歩き方はせず、内温性動物である鳥類や哨乳類と同じ歩き方をします。このことだけで、恐竜は恐竜と呼ばれると考えられてきました。 しかし、その後、恐竜という生き物に対する考え方は、大きく変わってきました。一部の若手恐竜学者は恐竜と鳥きょうりゅうとの誌統関係に注目し、恐竜と・鳥とは単系統であるという仮説を提唱していました。アメリカの古生物学者のロバートパッカーとピーター・ガルトンは、1974年に、鳥と恐竜の骨格を比較したうえで、この両者には偶然では片づけられない骨格の類似点が多すぎるとして、恐竜と鳥を含む新しい「綱」レベルの巨大な分類単位をたてることを提唱しました。 さらに、1980年代、恐竜学の世界に「分岐分類学」と呼ばれる新しい分類学の技法がもちこまれると、恐竜単系統説は一気に勢いを増します。分岐分類学では、すべての生物がある共通の祖先から次々に分岐して、新しい分類群を生み出してきたという前提に立ち、基幹系統から新しい分類群が分岐するたびに、ある共通した特徴のセット(共有派生形質)が生じる、と考えています。そこで、あをリスト化し、これを解析プログラムを用いて、系統発生の過程を 分岐系統樹で書き表すという技法が考案されたのです。 この考え方自体は非常に合理的であり、市販のプログラムで簡単に分岐系統樹がつくれるため、恐竜学の世界でもたちまちこの方法が主流になりました。その結果、恐竜は竜盤目と鳥盤目という2つの系統をあわせた「ディノサウリア(恐竜類)」となり、その共通祖先から派生した単系統の動物である、という考え方が広く受け入れられるようになったのです。 現時点で、ディノサウリアの共有派生形質としては、 1)寛骨臼が貫通して穴となっている。 2)仙椎が3個以上ある。 3)肩甲烏口骨に上腕骨がはまりこむ関節宿が完全に後ろを向いている。 4)大腿骨の近位末端が中心軸から完全に横にずれ、球形の関節となる。 5)上腕骨の3分の1から半分の長さにわたって低い三角筋一胸筋稜が走る。 6)前肢の第4指の指骨は、0から3個まで。 7)排骨が大きく縮小する。 8)距骨(足首の骨のうち、大きいほう)の上方突起が大きくなる。 9)鋤骨(上顎骨の裏側にある骨のひとつ)が背面で少なくとも前眼窟窓に達するほど長く伸びる。 の9点が挙げられます。これら の条件をすべて備えたものだけが本当の恐竜といえます。 現在知られているかぎり、このような特徴をもつ最古の、あるいは最も原始的な恐竜とされるの は、後期三畳紀の初頭に南米(アルゼンチン北西部)に生息していた、エオラブトルと呼ばれる小型肉食恐竜です。この恐竜は、原始 的な特徴が多すぎて、獣脚類の中に分類することはできないという意見もありますが、多くの研究者は、今のところこれをすべての恐竜の最も基幹に近い位置にあるものと考えています。また、勤物とする意見もあります。 エオラブトルの化石が発見されたアルゼンチン北西部のイスキガラスト累層からは、ほかにも原始的な肉食恐竜へルレラサウルスや、最古の鳥盤目とされるピサノサウルスの化石が発見されています。また、アメリカ南西部やマダ ガスカル島でも、これと同時代か、それよりやや古いかもしれない地層から、古竜脚類や鳥盤目の断片的な化石が出ています。つまり、後期三畳紀の初頭には、すでにある程度恐竜の多様化が進んでおり、後期三畳紀の最初期また、 はそれ以前の中期三畳紀に、そのさらに祖先にあたる動物がまちがいなくいたのです。 イスキガラスト累層よりも前のイスキチューカ累層からは、これまでのところ明らかな恐竜化石は見つかっていません。ただし、恐竜によく似てはいるものの、恐竜とは断定Lがたい小型爬虫類、ラゴスクス(マラスクスと呼ぶ研究者もいる)やラゲルペトンなどの化石が発見されています。 これらの動物は、一見、小型肉食恐竜にそっくりですが預盲岩が小さく、大腿骨が全体にS字形にくねるなどの原始的と考えられる特徴をもっています。また、足首の構造をみると、距骨と踵骨の間の可動式の関節が、より固定された構造になり、距骨から上に突起が伸び始めています。これはより原始的な爬虫類にみられる特徴です。 現在の分岐分類学では、これらを恐竜の基幹系統から脇へ分岐した動物とみなす意見が大勢を占めており、1991年、シカゴ大学のポール・セレノは、ディノサウリアとラゴスクス類をあわせた分類群を「恐竜様類(ディノサウロモルフア)」 と呼ぶ案を提唱しました。 しかし、なぜ恐竜様類はここで分岐しなければならなかったのか、なぜラゴスクス類は子孫を残さずに滅び、恐竜がとって代わったのか、なぜラゴスクス類が生きていた時代の地層からは、最初期の原始的な恐竜化石が見つからな いのか、それらを説明するすべは今のところありません。 基本的に、進化の本質は「日和見適応」であるといわれます。いつの時代にも生態系はその内部でうまくバランスがとれていて、それぞれの種は自分の生態的地位に適応した形態を保っています。しかし、ある時環境が変動し、どこかの生態的地位が空き家になると、その隙間にたまたまかん入りこんだ別の生物が新しい環境に急速に適応していくわけです。恐竜もこれと同じパターンで、地上生・2足歩行の小型肉食動物という地位にうまくはまりこんだ生き物だったといわれています。 そもそも、恐竜の遠い祖先も、最初は4足歩行で、足を左右に張り出して歩いていたはずです。それがなぜ、2足歩行に進化したのでしょうか。 ひとつの考え方として、恐竜やラゴスクス類、あるいはもっと系統の基幹に近い爬虫類の祖先は、初め樹上生活の時代を送っていたという意見があります。樹でくらす生き物は、前肢で木のこうし枝をつかむ必要から自然に後肢 と前肢の機能が分岐し、手足の区別が生じるはずです。 もしかしたら、われわれの探し求める恐竜の祖先は、化石の残りにくい森林内の樹上生の小型爬虫類だったのかもしれません。 彼らは競争相手のいない、あるいは少ない地上に新しい生活の場を求めて進出してきたのでしょう。 |
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